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~簡単なプロフィール~
・2011.3.11 20歳の時に福島第一原子力発電所で被災
⇒体験談はこちら【私の体験談】東日本大震災津波と原発事故~第1話_災害の始まり~ – ふくしま復興し隊 (fukushima-fukkoushitarou.com)
・原発事故の体験と教訓,廃炉作業の今を伝えていくことがライフワーク
・多くの人に福島の今と魅力を伝え,興味を持ってもらい復興に貢献するため活動中
今回は大熊町の特定復興再生拠点である大野駅西口周辺に行って,震災から10年以上経った大熊町の現在がどうなっているのかを見てきました。
大熊町の特定復興再生拠点は2021年11月に立入規制が緩和され,日中であれば自由に立ち入ることができるようになりました。
これから復興が本格化しますが,今はまだ廃墟だらけの町となっています。そんな町の今を見てもらい,少しでも復興に興味を持って頂けたらと思っています。
復興に向けて一歩ずつ進んでいますが,町には廃墟も多く寂しい印象を受けます。そんな町の今を見てもらい,少しでも復興に興味を持って頂けたらと思っています。
双葉町,大熊町,富岡町が現在どうなっているのかを定期的に更新しますので応援お願いします。
「昔よく行ったあの場所はどうなっているの?」「家の周りがどうなっているか知りたい」など要望頂ければ見てきますのでコメントください。
忘れてはいけない「記憶」を少しでも「記録」に残し「後世へ」・・・震災の「経験と教訓」を無駄にしてはいけない・・・繰り返さないために「今できること」を・・・
今を正しく知ることはふくしま復興の一歩となります。ブログを読んで少しでも多くの方に共有してもらえると嬉しいです。
大熊町の帰宅困難区域は?
大熊町は特定復興再生拠点での放射線被ばくリスクが十分低減したことを受けて,2021年11月に特定復興再生拠点での立入規制を緩和しました。
大熊町の特定復興再生拠点は下図の通りとなっており,大熊町全体の2割程度です。
それ以外の場所は帰還困難区域となっており,未だに自由な立ち入りは出来ません。
大熊町は特定復興再生拠点を優先的に除染やインフラ整備を行い,2022年春ごろの避難指示解除を目指しています。
⇩関連ニュースの動画もあわせてご覧ください。
大熊町の現在は?
大野駅西口周辺
今回大野駅西口周辺を見てきました。
あちこちで解体工事が行われており、重機の音が響いていました。
少しずつですが更地が増えていました。
JAふたば農業協同組合
割れたガラスが地面に散乱したまま残されていました。
中は少し片づけた様で、床に散乱してはいませんでしたがどれも色あせていました。
施設の裏にはフレコンバックが集められていました。
ガソリンスタンド
いろんなところから雑草が生えてきていました。
商店街の通り
当日は解放されていましたが、優先的に解体される予定みたいでした。
どの建物も外観がボロボロでいつ崩れてもおかしくない状況でした。
震災当時の商品がそのまま残されていました。
食料品はおそらく野生動物に荒らされたのでしょう。
残骸だけが残されていました。
人形の目がとても悲しげです・・・
ほとんどの家に「解体家屋」の印がありました。
この家だけはとてもきれいで今からでも住めそうなくらいですが、解体予定になっているようです。
震災の少し前に建てたのだと思います。家主がどれだけ残念だったか・・・
クマのぬいぐるみがガラス越しに見えました。
この家で10年以上帰りを待っているのでしょうか・・・
屋根も壁も崩れていました。
当時いた方は無事だったのでしょうか・・・
ここは旅館の様で今でも人形が入口でお出迎えしていました。
大きな時計の針は震災の時間で止まったままになっていました。
まとめ
今回大熊町内を周ってみて,時間が止まったままの場所が多く残っている印象を受けました。
ただ、今回見た場所は解体工事が優先的に行われており、しばらくしたらすべてなくなるのだと思います。
多くの方のいろんな思い出があった場所だと思うと悲しくなりますが、新しい大熊町が始まるのだと思い見守りたいと思います。
時間はかかると思いますが,震災前より活気のある大熊町になることを願います。
⇩他にも大熊町についてブログで紹介していますのであわせてご覧ください。
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